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2011年09月04日

2011年 台風12号被災

かなり久々の更新。

時間はずれるが、そして誰も見てないだろうが、

自分の記録としてさかのぼって、いくつかUPしようと思う。


2011年も本当にすさまじい年だった。

大震災・原発事故・タイの大洪水・トルコの大地震・・・

次から次に世界的にも大規模の自然災害が多発した。

そんな中でも、自分としては何より台風12号の被害。

もう近畿地方南部の人以外は、覚えていないんじゃなかろうか。。

毎年多くの台風が上陸する近畿地方南部だが、

ここまでの被害は少なくとも過去70年以上で最大。


9月4日。この日は土曜日だが仕事で出社していた。

大阪も直撃の恐れがあるとの事で、警戒が呼びかけられていた。

しかし大阪はまったくダメージなし。

この台風は動きが遅いのもあったが、超特大の雨雲は

すべて近畿地方南部の険峻な山々にあたり続け、

この近辺で過去最大の雨量を記録した。

いたるところで土砂崩れ、河川の決壊。

1つ前の記事で書いた、自分の実家の前を流れる

熊野川も最も被害を受けた河川の一つだった。

堤防は早々決壊し、実家も屋根までつかり、

近隣も相当な被害を受けた。

下流域も、河口近辺も大打撃。

床上浸水ははかり知れず、丸ごと流されてる家も多数。

多くの方が亡くなられた。。


ちょうど、この日は自分の35歳の誕生日。

そして、こ2週間後に父の一年忌の予定だった。

が、父が産まれ育ち、そして自分たちを育ててくれた、

実家は天井付近まで浸水。外壁8割、室内床10割・・・

古い家で柱や梁がごついのでそれ程軸は傾かず、

大規模半壊と認定された。

ただ、もう住める状況ではなく、家電もほとんどアウト。


 被害後、近所の人が撮っていおいてくれた写真
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母は早めに少し高い場所にある親戚の家に避難させて

もらっていた為、無事だったが、もう実家は放置状態。。

発生から4日目ぐらいに弟と車で向かった。

途中は多数の土砂崩れで、どうにか林道を使った迂回路を重ね、

それは、すごい惨状でした。

行くまで電話もつながらず、音信不通、まったくの孤立状態。

上流域で早々と被害が出たところは、通信がまだつながっていた為、

ニュースにもなり、報道・救援が早かったが、

うちらの場所は、音信不通+孤立状態の為、

復旧+救助+情報がひどく遅れた。これは行政のまずさも大きい。

どうにか、片付けだけして、母は一時大阪に来てたが、

今は、実家近辺の市街地にアパートを借りて住んでいる。

やはり実家に近い方が良いらしい。



大震災に比べれば規模は大きくなかったが、

個々の被害・苦痛度に大きな違いはない。

だが、あっさり災害募金の活動を、タイやトルコの援助募金に

とってかえたコンビニ(セブン・ローソン)には、悲しさを覚えた。

和歌山募金をなくして、そっちだけになってた。

それはいったいどうなんだ?

ただ、多くの県外からのボランティアの人・自衛隊の方達・

地元消防団の人たちには本当に感謝。




長くなるのでこれぐらいに。。

下に、関連したニュース等のリンクも残しておこうと思う。

動画①
動画②
動画③
動画④


紀伊半島・台風12号の大水害の様子(旧熊野川町)9月4日

動画⑤
動画⑥
動画⑦

宇宙から見た台風12号 9/2夕方 国際宇宙ステーションISSから


投稿者 nagi dad : 07:03 | コメント (0) | トラックバック